愛と金
既婚者を好きになり、会えない時間をどう過ごせば、寂しさや辛い気持ちをたえることができるのか……きっと答えなんて見つからない。
でも、ひとつ答えを出すとしたなら、やっぱり大好きな人に会い、たくさん話をして、たくさん抱きしめあい、そんな答えが待っているはずだ。
いつだったか愛華がこんな事を言っていた。
『会いたい気持ちはあなただって同じはず。だからわがままは言わないよ。その代わり忘れないでね、私達2人の大切な気持ちを』
絶対に自分から『会いたい』と言わなかった気丈な愛華でさえ、距離や時間が離れていくと不安や寂しさが心一杯に広がるのだ。
『あなただって同じはず』この言葉に私は救われた思いがした。少なくても愛華は、私がどんな思いと決心を胸に秘め遠く離れた場所で暮らしているのか、そして、私が誰よりも愛華に会いたいと願う気持ちを理解してくれている。
その言葉で、愛華に辛く寂しい思いをさせた事の反省と私自身の心の寂しさを補う事ができた。
人が永遠に満たされない想いを幾つか挙げろと言われれば、愛情もそのひとつだろう。
お金は収入のプロセスがある程度確立してしまえば使い切れないほど入るだろうし、そのお金で置き場所に困るぐらい物だって買えるはず。しかし愛情には満足するだけのバロメーターがない。
毎日1分1秒と刻々と変化する心の空洞を一つの大いなる愛情で埋めなければ、いずれ違うもので埋めようとしてしまう。それは不純ではなく、誰でもそうしてしまう防衛本能なのかもしれない。淋しいのなら新たな愛情を求めることや、与えること可能だが、ふと一人で考えてみると、やっぱり本来の愛情に縋るしかないと気づく。
もしも、掛け替えの無い愛情を失ったとしても、いつの日か訪れる春の陽気に似た新たな愛情の温もりは必ずやってくる。しかし、その訪れまでの間はどうすれば心に空いた空洞を埋められるのか?
それは思い出しかないのかもしれない。 でも、思い出だって付き合っている全ての時間がそうなる訳でもないし、良い事ばかりの出来事だってそう多くは無いはず。
それでも埋めることの出来る唯一のモノといえば思い出しかない。
だから今の時間を悔いの無い思い出に変えられるために、ひた向きに精一杯の愛情を送るこそが大切なのだと思うし、そうしなければならないと思う。
もしs、つらい別れがやって来なかったとしても未来の2人が共に語り合える思い出だって作らないと笑いあうことだって出来ない。後に残す楽しみは、今から少しずつでも積み立てて、先の穏やかな時間の場所で語らうのも素敵なことだ。