肌に刻まれたタトゥーは悲しみの過去を捨て生まれ変わるためのものだった
彼女の過去はタトゥーが物語る。
愛華の体に入れられたタトゥーは、初めて客として出会った日から私の目に焼き付いていたのは事実だ。ただ私は、なぜだか見て見ぬふりを通していた。いや、彼女のタトゥーには侵してはならない奥深さのようなオーラを感じたからだ。ファッション性で入れられたソレではなく、ソレを刻んで生きる…愛華の体に入れられたタトゥーには悲しい存在価値のようなメッセージを感じずにはいられなかったのだ……。
札幌に赴任してから数か月が過ぎたある日に、私は、初めて彼女と再会した、同じホテルの同じ部屋をリザーブし、そして彼女を指名した。今では、カーテンを締め切った狭い1人部屋で抑えられない欲情とともに待つことにも慣れていた。
彼女と会うのは決まって私の給料日かその3日以内であり、こうして何度となく彼女を求めた。いつもの通り前金で渡し、お互いに軽くシャワーを浴びる。バスルームから出てきたばかりの彼女を抱き寄せ唇を合わせる。二人は激しく絡み合いながら、ベッドへと身を投げる。そして彼女を激しく抱きしめると、いつもの様に小声で「…好き」とつぶやく。会うたびに思う、彼女を抱ける喜びを。彼女は時間までの間、いつも決まって私の腕の中にいる。まるで私だけを愛しているかのように。
やがて、静寂に照らされた現実が訪れる……。すると、腕の中にいる彼女は遠くを見つめながら、こんなことを言い出した。
「出会いって、別れの始まりだよね。だから人を好きになることもそれと一緒だよね?」
「でも、最初から別れることを考えて、出会う人っていないよ。」
「でも私がそうなの。でも別にいいんだ。人を好きになるのはこの先ないと思うからさ――」
彼女の過去に何があったかは、その時点では知る由もなかった。
「もし、義男ちゃんがお嫁さんにしてくるなら、この仕事辞めてもいいけど……なんてネ」最近、彼女から聞いたことだが、そんなふうに言えば諦めると思ったらしい。しかし、そのときの私には逆効果だった。それを決意の言葉にしようとした瞬間――
「でもお嫁さんになる条件が2つ。義男ちゃんがお金持ちになることと、私を怒らないこと」
「お金持ちってどの程度?」
「ぜいたくをしたいとは思ってないので、2人で生活して2人で楽しく暮らせるだけでいいの!」
「ホントに!頑張るよ!あと2つ目のコトだけど、大丈夫、愛華が何しても怒らないからさ」
そんな、非現実な会話をしつつも…私は彼女との将来を1人真剣に考え始めていた。だがそれは、今現在の愛華を愛する気持だけが突っ走っていただけだ。彼女の背負う過去が秘められたタトゥーの意味を知りたいと考え始めたのもその頃だった。
不意に彼女は私の顔を両手で優しく包み込み、ゆっくりと語った。私の視界が彼女の両手で暗くなる直前に、タトゥーの模様が目に刺さる……
「義男ちゃん、自分ために出世してね」この言葉が、この瞬間から私の生きる原動力となり全てへと変化した。
この頃の私は、彼女、いや、愛華との未来について真剣に考え始めていた時期だった。仕事も順調で同期の中では1番いいポストと待遇の中で自身を誇らしげに保っていた。でも、愛華が言った言葉「義男ちゃん、自分ために出世してね」この言葉の本当の意味を理解するには、これから数年の歳月が必要だった。
――彼女の過去。彼女と出会って3年目に聞いた。
愛華には、生涯1人だけと思って愛した男がいた。
しかし…愛華のまっすぐな思いは男に届かず、男は、他の女性に気持ちを移した。男が去った部屋で愛華は自らの命を絶とうと多量の薬を飲んだ。
そのとき、偶然にも忘れ物を取りに来た男は、台所で横たわる愛華を見つけ、救急車を呼んだものの、その場を去ったという。
以後、男からの連絡も無く、精神的に参ってしまった愛華は、精神科に数か月入院したのだった。精神科の閉鎖病棟で自分を見失うような…ではない、人間であることを失ったような激しい病勢と精神的興奮や行動は、独房のような隔離室での拘束を余儀なくされた。同時に、閉鎖病棟での入院生活は愛華の命をつなげたとも言えるだろう…。
考えれば、彼女は自分を破壊することで過去を捨ててしまいたかったのだろうか?
退院した愛華は、今までの自分や過去、そして環境全てリセットし、今の仕事についたと語ってくれた。
そして、タトゥーを入れることによって過去の自分と未来の自分を入れ替えたのだと……。
私は愛華のタトゥーに触れるたび、愛くるしさを覚える。
「どんな形にせよ、僕を必要としてくれる限りどんな事をしても守るし、愛していくよ」
あれから10年が経った今でも、愛華への愛は色あせてはいない。