義父の会社と妻への愛

よく「若くして成功されて凄いですね」と、お世辞を言われることがある。それはなにも最初から全てが順風満帆で今日にいたる訳じゃないし、さほど成功もしていない。

上海での業績は着実に伸びていったが、その分、肉体的にも精神的にも疲労は蓄積していった。しかも、規模を拡大する為の資金提供先に難航したり、中国での根強いジャパンバッシングだの以前、勤めていた会社からの見えない圧力だの、義父からの圧力だの……そんな時に、いつも妻の天然さにはある意味、いやされる。だって、笑ってる時は少なくても、外でのいざこざ忘れさせてくれるから。

私の本宅は京都にあり、必ず週に一度はどんな事があっても帰ることにしている。(それ以上の時や、それ以下の時もあるが)そして、新横浜=京都駅間を利用している。
「明日、お昼前の新幹線で京都に帰るから」
「わかった。駅まで迎えに行くね」
普通、迎えに行くと言われれば、到着駅の改札付近で待っているのが相場だが、妻は違う。新横浜駅まで迎えに来てしまう。そして、京都に着いてから車で約15分の道のりを帰る訳だが、必ず妻は車で来ていない。

仕方がないのでタクシーで帰ろうとして、妻を振り返ると、バス停の前でニコニコしながら並んでいる。楽しそうにバスに乗ろうとしてる人に向かって「タクシーで帰るぞ!」ってことは言えないし、結局、いつも遠回りなバスでの帰宅パターンだ。それが天然流の妻の考えみたいなのだが、なんか可愛いらしく思える。

――ある日のこと、妻が義父と私のことで親子喧嘩をした。「あの人には可能性があるから、彼の会社をいじめないで!」
「私と、前にいたアイツの会社がその気になれば簡単に消滅してしまう。だから、離婚して戻ってきなさい。もう終わりだアイツは……お前はまだ若い、もっと幸せになれる人と環境がたくさん待っている。早く戻って来い、家に」
「だからなに? 会社を経営している彼じゃなくて、彼自身を愛してるからいいじゃない!離婚もしないし、戻らない。勘当してもらっても構わない」

それはそれはお互いえらい剣幕だったと、後で妻の母親から心配そうな声で私に教えてくれた。その時、義父の会社の経営状態が悪化していたことと、「若造にヤラレタ!」的な、ある種のネタミにも似た感情が義父から噴出しての発言だったのだろう。

大好きな父親から勘当されても構わないと言い切った妻は、客観的に考えても私を愛してくれている。
「そこまで、私のことをありがとう」
そんな妻への思いが、この日を境に愛情へと変わりつつあった。

不況のあおりを受けた義父の会社は、リストラ・事業縮小等の応急処置を施したが一向に効果が表れなかった。何十年と続いた親族経営によって生じた歪みを修復せぬまま至った結果なのだから、今さら、その程度のケアでは効果が無い。

最悪の状態になった時、義父は私の会社にパートナー契約と社外取締役の就任要請をしてきた。もちろん快諾した。リスクはあったが……。

なぜ? やはり、私の妻を20数年間に渡り愛しみ、育ててくれた恩義があるから。妻が今の人格を形成したのは、あの父親がいる家庭で養われたのだ。天然系なところも一本気なところも……。妻は今の私にとって愛すべき存在の一人となっている。

今では、義父の会社も安定してきた。月に一度、向こうの取締役会で顔を会わせるが、決まって妻の話題になり、必ず笑顔になるその顔は普通のお親父さんだ。

妻もまた、父の話をする時は必ず笑顔だ。親子ってこんなものなのでしょう。

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