愛を論じるきっかけは23歳で出会ったひとりの女性
恋愛の〝愛〟について書き連ねてゆくブログを開始します。
それらについて、過去の恋愛エピソードと現在の愛の自己定義に関することを、自分なりの表現方法で書き進めようと思います。
軽視すれば、恋愛のサクセスストーリーだとか、パラダイスだとか、単なる欲求論だとかに勘違いされがちですが、ここにあるものはひとりの男と複数の女たちの、照れくさいほどの恋愛事情です。今現在、40代の男としての人格は仕事もさることながら恋愛経験のウェイトも大きいと思います。
――それは、たったひとりの彼女との出会いから始まりました……。
この話は当時の私が23歳の時に出会った女性がきっかけとなります。私はその頃、某大手企業に勤務する、ありふれた独身会社員でした。会社では新規事業の立ち上げ、日常業務、先輩のアシスト、連続残業の多忙な日々で、とてもとても「彼女をつくるぞ!」なんて余裕などありませんでした。
そんな悶々とした日々をさまよう生活も2年が過ぎようとしたある日、札幌に出張で訪れたホテルの一室で『彼女』と出会いました。北日本最大の歓楽街「ススキノ」で取引会社のビジネスマンに接待された私は、日々のシガラミから解放されながら、お酒を楽しんでいました。羽目を外して飲んだツケでしょうか、酔った私は通常以上に大胆になり、宿泊先のホテルに着くや否や、とあるお店に電話しました。
電話の先は「ススキノに行ったら絶対ここに電話してみろって…」と、先輩社員から教わっていたお店です。時間待ちのない女性を希望して受話器を置いた私に、格好をつけた自分が問いかけてきます。
「こんなんで、いいのか? ……オレ?」
そうです。23歳だったころの私は、とんでもなく生真面目な〝青年〟だったのです。恋愛を美と純の側面でしかとらえようとしない青二才? と形容できそうな若者でした。そして、愛と欲求を同じテーブルの上で議論できない青年だったのです。
しかし、愛とは議論の尽きないテーマである一方で、欲求とは思考を必要としない領域のものです。平たく言うなれば、遊びに理屈も能書きも必要ないんですね。
電話した先から女性が到着するまでの間、火照る欲求と反発する理性のジレンマにつきまとわれながらも、実は自分を肯定することだけを考えていました。彼女は到着しました。――瞬間、私は〝お客さん〟になりました。金銭によって成立した時間限定の、とてもわかりやすい関係です。金銭をはたいて男の単純欲求をぶちまける。女は金銭を得て快楽を提供する…ただそれだけでありながら、人の本能に照らせばむしろ尊いとも言えるかもしれない、それでもなお、おそらく人間関係としてはもっとも低俗な部類に入るであろう〝関係〟です。
………あの一瞬が私の価値観や未来を変えた………
時間限定であった彼女との関係は、どういうことか10年という時を超えた後にも、会うたび、話すたび、メールするたび「偶然とは、必然性を証明する為の唯一の証拠だ」と自省させてくれるものとなった。